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7月
東山/その他神社・神宮・寺院
中学生の時以来の世界遺産【清水寺】に行ってきました向かうまでの坂道が急で、想像以上に疲れました!が清水の舞台からの景色は素晴らしかったー個人的には清水の舞台を離れたところから見れる場所の方が好きかな。数時間では見切れないですね。1日かけてゆっくり見たいと思いましたー
清水寺京都の街中にある清水寺朱色が鮮やかすぎてドキドキしちゃいます♩真下まで行き写真を撮るにも大きすぎてアングルが難しい…清水の舞台から飛び降りるで有名な舞台には大黒天様もおられごご利益をお裾分けしてもらいました^-^ご利益いつ現れてくれるのか楽しみだなぁ~笑ずっと道なりに進んでいくと舞台から見える向かいの塔にもいけるし道中には滝もありお願い事が叶うとか…良いことばかりすぎてご利益の喧嘩になりそうな(о´∀`о)産まれ歳の絵本尊様も知れ、ちょこちょこ楽しみがあるので飽きない。どこの池にもカメはいる。と息子が発見!確かに清水寺の池にも居た~など京都観光の中でも小さい発見や楽しみができました^-^
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東山/その他
▪️豊国神社※【後陽成天皇】より、「豊国大明神」の神号を賜る。※豊臣秀吉公祀られている※左甚五郎の彫刻→目無しの鶴※神門の装飾や鯉の彫刻は素晴らしい。鯉の滝登り→出世という意味だろう。・唐門の扉下部には鯉の滝登り、いわゆる「登竜門」の彫刻が施されて、中国の故事に因んで「立身出世」を意味する。・【西本願寺、大徳寺、豊国神社の唐門は、国宝三唐門と名高い。(桃山時代)※江戸時代の1615年(元和元年)、大坂夏の陣にて豊臣宗家が滅亡すると、徳川家康はすぐさま秀吉の神号を廃し、豊国廟もまた破却した。※1598年(慶長3年)8月18日、伏見城にて秀吉が死去する※唐門から先の拝殿は、年に4回しか開かない。※8のつく日、骨董市、手作り市、フリマなどが開催され催事日は、賑わっております。▪️三十三間堂本堂に入るとズラリと仏像が並んでいます。全長118メートル社殿内は、一切撮影🈲禁止などで、パンフレット冊子を載せておきます😊誰もが、もうその数に圧倒される感じです。中央に国宝の【千手観音坐像】。そして取り囲むように左右500体づつの千手観音立像(十一面千手千眼観音菩薩)が10列の段に整然と並んでいて合計1001体。1000体もの仏像を配置した理由ですが、三十三間堂が建立された平安時代末期は釈迦の教えが薄れ、世の中が乱れると考える仏教の教え「末法思想」が貴族の間で流行。救いを求めて競って寺院などが建てられたようです。そんな中、流行の仏教にハマっていた【後白河上皇】が「極楽浄土の主である阿弥陀如来の側近で人々を救ってくれる千手観音の像を1000体造れば、千手観音様が救いに来てくれるんじゃね?金は清盛が出してくれるっしょ」 という理由で、作られたとのことです。ちなみに千手観音は、1000本手があるわけではなく40本しかありません。こじつけのように1本の手が25の世界を救うとされていて40×25=1000で千手観音という計算らしいです。
1001体の観音像が並び、風神・雷神像をはじめ計1032体の仏像が置かれています。「蓮華王院三十三間堂」横幅約120メートルの細長い堂内は、薄暗く黄金に輝く千手観音像が隙間なく並んでいます。混雑する事なく、この場所では騒ぐ方もいらっしゃらないので、穏やかな気持ちでゆっくりと仏像様のお顔を拝見しました。ご利益は「頭痛封じ」の様です😊拝観料一般600円 中高生400円 小学生300円堂内は、撮影禁止です。
1本スーッと伸びた蓮の花が風で揺らいでいました🌸空也上人立像があるお寺口から6体の阿弥陀が現れたという伝承のままに造られた彫刻なかなか衝撃的😬
◉六波羅蜜寺⚫︎六波羅蜜寺は、京都市東山区轆轤(ろくろ)町にある真言宗智山派の寺院で、山号は補陀洛山です。本尊は十一面観音になります。創建者は歴史の教科書📕でお馴染みの空也上人です。こちらは、西国三十三所第17番札所と洛陽三十三所観音霊場第15番札所に定められております。⚫︎六波羅蜜寺境内には、弁財天が祀られており、そこでお金を💰洗う「銭洗い」が体験出来ます。小さなザルに硬貨を置いて、柄杓で洗う神事です。洗った後は、お財布に入れておくと良いと言われております。◉六道珍皇寺⚫︎地元の方は、「ろくどうさん」で親しまれております。ここは、小野篁のあの世とこの世に繋がる「黄泉帰りの井戸」が有ります。京都の八月のお盆の折には、毎年先祖を迎える「迎え鐘」を鳴らす歴史習慣があります。また、閻魔大王のお姿も本殿で見られます。◉幽霊飴「子育て飴」⚫︎幽霊子育飴(ゆうれいこそだてあめ)は、京都市の東山区松原通の六道の辻近くに超老舗店飴屋「みなとや幽霊子育飴本舗」で売られております。昔、幽霊が赤子を育てるために、夜な夜な🍬飴を買いに来て、赤子に食べさせていたという秘話が有ります。⚫︎上記観光地は、京都市バス「清水道バス停」下車徒歩5分の所に有ります。
▪️養源院⚫︎創建は文禄3年(1594)で、豊臣秀吉の側室・【淀殿】が、父である浅井長政の菩提を弔うために建てたものです。⚫︎中に入ると、杉戸には俵屋宗達作の「白象図」や「唐獅子図」が見られます。⚫︎襖には狩野山楽が描いた「牡丹図」と俵屋宗達の「松図」があります。歴史の教科書📕や歴史の資料集などによく載っているお馴染みの写真です。⚫︎また、本堂の廊下は江戸初期の彫刻家・左甚五郎による「うぐいす張り」(知恩院、二条城もうぐいす張り)と伝わり、その天井は、関ヶ原の合戦の前哨戦「伏見城の戦い」で大敗した時の武将鳥居元忠とその他の武将の「血天井」が有名です。⚫︎上杉討伐のために徳川家康が不在となると、西軍の石田三成などが挙兵。4万の大軍で、伏見城から退去しない徳川方の守備隊1800を攻撃し、戦闘は約10日間続き、籠城方の妻子を捕縛して内応を強要してようやく落城したと伝えられる。その際、鳥居元忠率いる以下の将兵約360名は、落城の際に自刃する。血の付いた床を剥がして、天井に祀られています。天井に祀る事で、再び人の足🦶で踏まれる事が無いように弔われてます。⚫︎鳥居元忠は、姉川の戦いで先陣を切った戦国武将で知られています。⚫︎「織田信長」・「徳川家康」の連合軍と、「浅井長政」・「朝倉義景」の連合軍による合戦のことです。この戦いは、天下統一を目論む織田信長と同盟を結んでいたはずの浅井長政との確執が原因されました。この結果、織田勢が勝利し、浅井氏・朝倉氏の両家が滅亡するきっかけとなりました。⚫︎血天井が見られる主なお寺3ヶ所の寺院 ①宝泉院②源光庵③養源院が有名です。⚫︎養源院さんは、法住寺と隣接してますので、すぐに目に👀つきます😁
戦国武将、浅井長政の菩提寺卍豊臣秀吉公の側室、淀殿が建立。養源院は、浅井長政公の戒名。淀殿の妹は、徳川秀忠公の正室。そして、淀殿の母は織田信長公の妹、お市の方。と、言うことで、「織田家」「豊臣家」「徳川家」全てに関わりがあり、その上琳派の俵屋宗達の「白象」「麒麟」「唐獅子」もある。伏見城の戦いで自刃した鳥居元忠(と思われる)他およそ300名の血の跡の廊下を天井にして供養されている。血天井。
▪️新熊野神社→いまくまの神社と読みます。・熊野とは、黄泉の国と通じていると信じられてきた聖地・熊野。「クマ」とは、「神」や「隅」を表し、「神々のおわす奥まった地」という意味であり、荘厳な雰囲気が感じられる神社⛩️です。•新熊野神社の境内に、樹齢約900年という大きなクスノキの御神木があります。これは、あまりにも大きいので、近くで見れば、圧巻巨木の言葉に尽きます。※京都三熊野神社<熊野権現>・新熊野神社(東山区)・熊野神社(左京区)・熊野若王子(左京区)哲学の道の3箇所が有ります。🔹昔から熊野詣(くまのもうで)と言う言葉は、紀伊半島南部、熊野にある、本宮(ほんぐう)・新宮(しんぐう)・那智(なち)の熊野三山を参詣することを意味するようです😄・新熊野と書いて「いまくまの」と読みます。新熊野神社は、平安時代の末期、後白河上皇の御所・法住寺殿の中に、【平清盛】が造営した神社だそうです。・清盛は熊野権現を篤く信仰していました。清盛がまだ【安芸守】「あきのかみ」簡単に言えば、今の「広島県知事」であったとき、舟を使って熊野参詣した際に、大きな鱸(すずき)🐟が舟の中に飛び込んできたと言う話が有ります。・鱸は出世魚らしく、これは「熊野権現」のおぼしめしだと修験者が食べることを勧められました。•当時【精進潔斎】「しょうじんけっさい」と言う言葉があり、精進とは、ひたすら仏道修行に励むことを意味し、潔斎は、飲酒や肉食を制限して仏事に挑むことを意味します。•しかしながら、清盛も自ら調理をして食べていたと伝えられております。•その後の清盛の出世は目覚ましく、発展を遂げ、ついに最高位の太政大臣にまで昇りつめました(1167年)すごい👍出世ですねー(^^)・八咫烏の神=神の使いのカラス🐦⬛で、カラスの文字を使った珍しい御朱印が頂けます。😉・勝負、厄除け、縁結び、出世の神が宿る神社⛩️でもあります。[アクセス]☀︎京都駅もしくは、京阪七条駅から市バス🚌208系統、今熊野バス停🚏下車、すぐ目の前に⛩️が有ります。☀︎京阪祇園四条駅から市バス🚌207系統、今熊野バス停🚏下車となります。
JR東福寺駅近辺にある「しんくまの」じゃなくて「いまくまの」神社。現在の能、狂言、歌舞伎の大元となる熊野猿楽が始まった場所。それを作ったのが写真にいる、観阿弥・世阿弥父子。足利義光がそれを今の能にしたそうで。
【法住寺のご紹介です。】⚫︎法住寺は、京都市東山区三十三間堂廻り町にある天台宗の寺院です。本尊は不動明王で、藤原為光(ふじわらのためみつ)が、平安時代中期の公卿として開基した事に始まります。この寺は、【後白河法皇】ゆかりの寺で、身代わり不動としても有名です。⚫︎歴史的には、法皇さまが法住寺殿に住まいしておられる時に【法住寺合戦】<源平合戦>で木曽の義仲が院の御所に攻め入ったとき、法皇さまが、あやうく命を落とされるところを当時の天台座主の【明雲「みょううん」】大僧正が、木曽の義仲の流れ矢に倒れ、法皇さまが難をのがれることができました。⚫︎この時法皇さまは、「お不動さまが明雲となって我が身代りとなってくれた」と、とめどなく涙をこぼされたという話が伝えられています。⚫︎また、こちらには、長谷川町子(はせがわまちこ)さんのお墓があります。🪦日本初の大正時代の女性プロ漫画家で、代表作に『サザエさん』・『いじわるばあさん』・『エプロンおばさん』などの作品が有名です。⚫︎またこちらでは、年明け1月に境内で「大根炊き」が行われ、ホクホクの大根を食べると、その1年間が無病息災で居られると伝えられ、地元の方は、もとより近隣の府県からもお越しになられます。⚫︎二月になると節分祭、👹護摩供養なども行われ参拝者を楽しませてくれます。⚫︎御朱印も頂けますので、集められてる方は、是非お立ち寄り下さい♪季節によっては、限定の御朱印も頂けます。⚫︎三十三間堂から、非常に近い所に有りますので、合わせて参詣されると良いかと思われます。😉[アクセス]☀︎京阪七条駅から徒歩🚶5〜6分です。☀︎市バスは、京都駅🚉方面から206系統、208系統のバス🚌で、約15〜20分ぐらいで、バス停🚏三十三間堂前下車、徒歩🚶3分ぐらいです。
三十三間堂の向かいにある法住寺へ。こちら保元の乱などで知られる後白河天皇の陵です。後白河天皇、すごい方なんですよ。なんですけど‥‥保元の乱の時は源義朝も平清盛も後白河天皇のもとで戦ってましたが、その後2人に亀裂が入る原因を作ったのも後白河天皇のせいじゃないかなと思うワタクシ。保元の乱で敗れた崇徳天皇は悲惨すぎるし、私、敗れてもいいから崇徳天皇の味方だな。
【京都東山区・泉涌寺界隈寺社】●自分の住んでいる所から、ゆっくり徒歩🚶♀️で約20分ぐらいの所に、皇室ゆかりのお寺である、国宝泉涌寺(せんにゅうじと読みます)が有ります。この泉涌寺の寺社には、新年に参ると縁起が良いとされてる「泉涌寺七福神巡り」のお寺が点在しております。ゆっくり自分のペースで散策、参詣できます。●ご存じのように、宝船に乗られてる七人の神様がおられます。●七福神が祀られている山内の即成院(福禄寿)をスタートしながら他の戒光寺(弁財天)、観音寺(ゑびす神)、来迎院(布袋尊)、雲龍院(大黒天)、悲田院(毘沙門天)、法音院(寿老人)に加えて、プラスαして、あともう二箇所の新善光寺(愛染明王)、泉涌寺本坊(楊貴妃観音)の合計九福神を巡ると更にご利益が有ると言われております。●もちろん、普通の日でも参詣できますし、お守りや御朱印も頂くことができます。平日は、比較的空いてますので、おすすめします😀●この寺社全ての経路を普通に歩いて回っても約ニ時間程度は、掛かります。😅💦●まして、泉山七福神巡りの際は、多くの参拝客が各寺院を参拝され、場所によっては、長い行列ができるため、余裕を持って、三時間程度みておくと安心です😄特に御朱印を授かる場合は、参拝の列に加えて御朱印の行列に並ぶことになるので、その旨、時間配分を綿密にしておきましょう。✌️●泉涌寺境内の中には、美人になれると伝えられている「楊貴妃観音」が祀られております。中は、撮影禁止のため、参拝時のパンフレットを載せておきます😅●御朱印は、もとより、お札やお守りも、参拝に合わせて、ご購入頂けます。●最後に、非田院からの風景を載せておきますね♪ここから京都市内が一望できます。左端に京都タワーが見えます👀八月のお盆の京都「五山送り火」もこの場所から見ることができます。最高の場所でーす‼️[アクセス]☀︎京都駅から市バス🚌208系統に乗車、または市バス🚌207系統、京阪祇園四条の四条京阪前バス停🚏乗車し、泉涌寺道バス停🚏下車、東の山道徒歩🚶♀️10分ぐらいで、山門の即成院さんに到達します。更に上へと進む事15分ぐらいで、泉涌寺山門に到達します💦長い道のりなので、マイペースで🚶歩いて下さいね♪♪☆
🍁紅葉めぐりは続きます。お次は‥観音寺さんから5分ほど坂を登ったところに鎮座するココ、泉涌寺(せんにゅうじ)さんまで。泉涌寺(せんにゅうじ)は、京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派の総本山の寺院☝️山号は東山(とうざん)または泉山(せんざん)。本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏です👍皇室の菩提寺(皇室香華院)として御寺(みてら)と呼ばれている。入門してすぐ左手の楊貴妃観音堂(本尊・楊貴妃観音)は洛陽三十三所観音霊場第20番札所です。皇室と縁のある寺院とゆう事もあり、厳かな空気感のする佇まいでした😊
清水寺
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地主神社
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三十三間堂(蓮華王院)
三年坂
京都国立博物館
ミュージアム・ギャラリー
智積院
御寺泉涌寺
清水寺本堂
新日吉神宮
今熊野観音寺
泉涌寺仏殿
悲田院
今熊野観音寺(ぼけ封じ観音)
泉涌寺庭園
清水寺鐘楼
清水寺三重塔
法住寺
即成院
泉涌寺 楊貴妃観音堂