星評価の詳細
桧原湖周辺
喜多方・熱塩温泉/その他
あまりに綺麗だったので💫💫桧原湖周辺✨〜ACT2nd💫1888年7月15日に磐梯山の噴火🌋とともに山体崩壊が発生、これによる岩屑なだれが谷を埋めて生まれた堰止湖が桧原湖である。南北に細長い形状をしているのはこのため。この崩壊で生まれた湖沼では同湖が最大であり、日本で最も大きい火山性の堰止湖でもある。またのこの崩壊では同湖以外にも300余りの湖沼群が生まれた。初期には北側の桧原湖と南側の雄子沢湖(おしざわこ)の2つに分かれていたが、噴火の翌々年の春に雪解け水でーつにつながったのです‼️山体崩壊の際には470人以上の死者がでたほか、桧原村が水没し消滅した。現在でも水位が低下すると、水没以前の集落にあった山神社(大山祇神社)の鳥居や参道脇の並木の跡が現れる‼️また墓石が顔を出す場所もある。
福島県耶麻郡北塩原村桧原にある、桧原湖です。どこの夕景も美しく見えますが、ここ桧原湖で見る夕景は、格別に美しく見えてしまいます🌅桧原湖は、1888年の磐梯山の噴火により出来た、最大水深31メートル、湖岸周31.5キロメートルにも及ぶ大きな湖です。2種類の遊覧船もあり、コバルトブルーの穏やかな湖面、複雑な湖岸と相まって、遊覧船から見える磐梯山は迫力満点です🎶釣り人の姿もあちらこちらに見られ、いろんな魚種が釣れるのだと思います🎣それにしてもこの夕景は美し過ぎて、陽が沈むまで見入ってしまいました✨🤗✨
星評価の詳細
星評価の詳細
星評価の詳細
星評価の詳細
星評価の詳細
旧堀切邸
福島市・飯坂温泉/その他
無料足湯の隣りの鯖湖湯♨️〜大庄屋だった旧堀切邸✨鯖湖湯は入らずとも見るだけでノスタルジーを感じられたので満足満足(о´∀`о)(ホントは足湯が暑過ぎて断念した負け惜しみ🥲)旧堀切邸も無料で見学出来、此方にも無料足湯の広いバージョンがありマス☝️春や秋には良さそうですネ🌸🍁因みに駐車場は3分くらい歩いた場所に無料🅿️があるので、🅿️、足湯♨️、屋敷見学と全て無料👍
こちらの中の足湯が最高でした。縦に長く、温度が違うので楽しめます。ゆっくり座っていると鳥の鳴き声が聞こえてきてとてもリフレッシュ出来ます。また蔵なのがあり、歴史に触れることもできます。なかなかこういう場所に行かないので貴重な体験ができました。
星評価の詳細
会津さざえ堂
会津若松・東山温泉/その他
白虎隊が自害した飯盛山の中腹にあるこの螺旋構造の建造物。直ぐ近くに隊士たちのお墓がありますが、白虎隊にはなんら関係が無いのですね。建立は1796年の江戸時代中頃になります。フランスの世界遺産であるシャンボール城内部の螺旋階段がレオナルド・ダ・ヴィンチの設計と言われていますが、これが蘭学の書物に記載され、会津のこの地で参考にされたのではないかとの説もあります。中は、階段ではなくてあくまで坂がグルグルとのぼっていき、また下り坂をグルグルと降りて行きます。同じところは通りません。この一通りの流れで三十三観音参りが出来てしまうというカラクリでした。こんな面白い建造物でも戊辰戦争を潜り抜け、不安定な形状でも長年ここに建っているのに、この直ぐ近くに眠っている若干15歳前後の若者たち・白虎隊は全滅したことを考えると、人の儚さを感じられるような気がします。正宗寺の仏堂として、江戸時代後期の寛政8年(1796年)に当時の住職であった郁堂が建立したもの。白虎隊切腹の地のすぐ側にある。昔は無料だったが、今は、文化財保護のため低価格だが有料になっている。是非、会津に行ったらこの地ははずせない場所だ。高台にあるので、歩くのに疲れた方や障害の方には何と有料にはなるが、動く歩道が完備されている。会津は実に見処、飲み処、食べ処、温泉処、お祭り所かワクワクするほど沢山ある。春夏秋冬、行けば行くほどまた行きたくなる。
2024年11月1日(金)⛅️福島の旅第9弾②会津さざえ堂の脇に有る「宇賀神堂」内部では、この飯盛山で自刃した白虎隊士19名の像を安置しているそうです⚔️白虎隊士の墓も有りなんだかここに漂う空気は他とは違う感じがしました。
星評価の詳細
飯盛山(イイモリヤマ)
会津若松・東山温泉/その他
戊辰戦争のおり、16~17歳の少年たちで編成された白虎士中二番隊が戸の口原合戦場から退却し、滝沢峠の間道を通り、戸の口堰の洞門をくぐり飯盛山に辿り着くと、鶴ヶ城の天守閣は黒煙の中に見え隠れして、「城は陥落したか、今は主君のために殉じよう」と、全員が自決しました。1人だけ生き残った飯沼貞吉によって、白虎隊の忠義と悲運の物語は広く人々に知られるところとなりました。春と秋の年2回行われる墓前祭では、白虎隊を偲びその霊を慰める剣舞が奉納されます。白虎隊と同じ様に鶴ヶ城を眺めてみました今は建物がいっぱいでなかなか見つけれませんでした😅
紫陽花が綺麗です😵👍✨飯盛山⛰会津若松市✨ここも東北地方☃️〜まだ紫陽花も健在でっす😵👍✨〜朱色の鳥居⛩を潜り〜外へ✨寛政8年(1796)には別当である正宗寺の三匝堂(さざえ堂)が建立されるなど隆盛を極めましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により正宗寺が廃寺となり境内にあった仁王門や大仏(青銅製:会津若松市内にある阿弥陀寺に遷されましたが太平洋戦争で供出され現存しません)は廃され社号を「厳島神社」に改名し郷社に列しました。厳島神社社殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺、妻入、間口1間、奥行き1間半、正面1間向拝付、外壁は真壁造り板張り、所謂「春日造」で往時の姿を留めています。祭神:市杵島姫命。
星評価の詳細
