観音寺城跡

カンノンジジョウセキ

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湖東/文化史跡・遺跡

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築城年代は明らかでないが、近江の守護佐々木氏累代が居城し、同氏が六角と京極の二流に分かれてのちは、惣家六角氏の居城となった。安土山の南方、湖東で一番高い観音寺山の山頂を本丸とし、山の要所に郭や砦を構え、近くの峰々にも支城を配した規模の大きい中世の山城であった。永禄11年(1568年)六角義賢(承禎)・義治父子の時、上洛を目指す織田信長に進攻されて落城、以後は廃城となった。今、山の所々に石塁や郭の跡が残る。六角義賢(1521年-98年)観音寺城主。入道して承禎。近江南半国を領有、足利将軍義晴・義輝を庇護。信長に攻められて落城。

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基本情報

観音寺城跡

カンノンジジョウセキ

滋賀県近江八幡市安土町石寺

0748-46-4234

アクセス

(1)安土駅から徒歩で70分

特徴・関連情報

備考

時代 :鎌倉

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