フェスティバルホール

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からっ風②

からっ風②

何度もツアーで来日しているリッチー・ブラックモアが初めて日本の地を踏んだのはディープ・パープルのメンバーとしてであった。パープルの初来日公演が1972年。既にグランドファンクやツェッペリンが来日公演を行なっており、現在では歴史の一部となっている数多くの来日公演が行なわれた70年代において、日本のファンにとってひときわ輝いているのが、このパープル初来日である。ビートルズですら長髪だと騒がれ、うるさい音楽だと批判されていた時代からわずか5年あまり、ロックのみならず世界は大きく変化していた。このパープルの初来日公演はわずか3公演のみしか行なわれなかったが、あらゆる意味で日本のロック史に大きな足跡を残すものとなった。 パープルの初来日公演が伝説として現在に伝えられる大きな要因のひとつは、来日公演のみならずあらゆるライヴ・アルバムの中でも傑作として名高い『LIVE IN JAPAN』が収録された点が大きく寄与している。その後、ディランやチープトリック、クラプトンなど、数多くのミュージシャンがライヴ・イン・ジャパンをリリースするが、その嚆矢として意義深いものでもある。この時期パープルは第二期にあたり、メンバー的にも充実していたこともあり、非常に優れた内容となっている。当初は日本国内のみでのリリース予定だったが、その内容の良さから逆輸入盤が評判を呼び、その後世界各国でリリースされヒットしたのである。特にセールス的に低迷していたアメリカでは、この初来日のライヴ盤によって人気と知名度が大きくアップした事が特記される。 パープルにとってもこの『LIVE IN JAPAN』は非常に重要なアルバムと位置付けられており、現在に至るまで様々な形で、あるいは改題を重ね、繰り返しリリースされてきた。現在ではそれぞれ内容の異なる「完全版」やリマスター版なで、三日間のほぼ全曲を聴くことが出来る。しかしこと当日の会場での熱気空気を感じさせるものとして、そして名盤が生まれた日として、この1972年8月15日大阪フェスティバル・ホールでのオーディエンス録音による完全収録版もまた、ファンにとって欠かすべからざる記念碑的なものになるのではないか! FESTIVAL HALL OSAKA JAPAN August 15, 1972 僕がブリティッシュハードロックに目覚めた ギターリスト🎸リッチーブラックモア

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基本情報

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(1)Osaka Metro四つ橋線肥後橋駅・京阪中之島線渡辺橋駅直結、Osaka Metro御堂筋線淀屋橋駅 徒歩5分、JR大阪駅桜橋口 徒歩11分、JR東西線北新地駅 徒歩8分  関西国際空港より電車で約65分、大阪国際空港(伊丹空港)より電車で約50分  JR「大阪駅」より電車で約5分、JR「新大阪駅」より車で約15分

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