石見銀山街道

4.00
島根 > 浜田・江津・大田周辺

石見銀山開発初期は、銀山から積出港鞆ケ浦(現在の仁摩町)までを結んだ街道であり、毛利氏が石見国を平定した後は、沖泊(現在の温泉津町)に積出港を移した。銀鉱石や製錬銀のみならず様々な物資を運搬するのに活躍した街道である。後には尾道(広島県)まで続く尾道道が主流となった。

「石見銀山街道」への投稿写真

「石見銀山街道」へのレビュー

DJゴン太

DJゴン太

2020/07/11

aumo

温泉津・沖泊街道は、16世紀後半にかけて銀や物資の行き交いで賑わった代表的な銀山街道の一つです。 銀山柵内からの出入り口「坂根口番所跡」から航海の安全を祈念した沖泊の「恵比寿神社」まで、数多くの史跡に立ち寄り、秘められた銀山の歴史をたどります。鞆ヶ浦道は、銀山柵内から鞆ヶ浦の積出港までを当時の最短距離で結んだ重要な街道です。 排水抗として開発されて以来3世紀に渡って続いた「永久鉱山跡」、人々が道中の安全を祈念した「才の神地蔵」など、歴史と伝承に彩られたコースです。「やなしおの道」は、実は1354年(正平9年)の文書にも記されるほど古い銀山街道です。 毛利・尼子の銀山を巡る戦いでは芸州からの攻路として用いられた道であり、また徳川時代には石見銀山の銀を大森から尾道へと運ぶ重要なルートでもありました。 「箱庭のお松」「馬頭観音」など様々な史跡やそれにまつわる伝承が残っています。

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DJゴン太

DJゴン太

2020/07/11

aumo

石見銀山街道(いわみぎんざんかいどう)は、石見銀山で産出された銀鉱石や銀地金を陸路で港へ運ぶために利用されていた街道の通称である。銀の道(ぎんのみち)とも呼称されている。 銀山の中心地である大森(現島根県大田市)から、鞆ヶ浦(大田市)へ、 温泉津・沖泊(大田市)へ、あるいは尾道(広島県尾道市)へ、笠岡(岡山県笠岡市)へ、と4本の道がこの街道であると言われている。うち前2道が世界遺産“石見銀山遺跡とその文化的景観”における構成資産(文化の道)であり、「石見銀山街道鞆ヶ浦道」「石見銀山街道温泉津・沖泊道」の名で登録されている。尾道へは「尾道道」笠岡へは「笠岡道」あるいは「上下・府中・福山道」と呼称されている。沿道の現在の自治体は3県10市町におよぶ。鞆ヶ浦道・温泉津沖泊道が島根県大田市。尾道道が北から、大田市・島根県邑智郡美郷町・島根県飯石郡飯南町・広島県三次市・広島県世羅郡世羅町・広島県尾道市。笠岡道が(尾道道分岐から)三次市・広島県府中市・広島県福山市・岡山県井原市・岡山県笠岡市。長年の環境変化により当時の道からは様変わりしているものの、部分的に古道として残っている。いくつかは文化財として中国自然歩道としてあるいは観光用に再整備されている。場所によってはガイド付きでないと歩行困難なところもある。

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DJゴン太

DJゴン太

2020/01/12

aumo

#おでかけ#カフェ#グルメ #山分け#旅行#フォトジェニック

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「石見銀山街道」の基本情報

名称

石見銀山街道

カテゴリー

その他・その他

住所

島根県大田市温泉津町西田

駐車場

電話番号

0854-82-1600

備考

規模 :長さ/10km

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