村松晴嵐の碑

ムラマツセイランノヒ

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北茨城・奥久慈周辺/その他

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天保4年(1833年)水戸9代目藩主徳川斉昭(烈公)は、中国の瀟湘八景(しょうしょう はっけい)になぞらい、藩内の子弟に自然鑑賞と健脚鍛錬とを図るために、水戸八景を設定した。烈公は、この村松の地を真砂地に雪の波かと見るまでに塩霧はれて吹く嵐かなと詠み、「村松晴嵐」と命名された。この石碑の題字は烈公自らの書であり、天保5年(1834年)に建てたものである。

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基本情報

村松晴嵐の碑

ムラマツセイランノヒ

茨城県那珂郡東海村村松146-19

029-282-1171

特徴・関連情報

備考

文化財:市町村指定重要有形民俗文化財

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