赤城神社
神楽坂/その他神社・神宮・寺院
赤城神社当時上野国という名前だった群馬県の赤城山の麓の豪族大胡彦太郎重治が牛込に移住してきた際に故郷の赤城神社の御分霊を祀ったのが始まりという事です。江戸時代には幕府から牛込の総鎮守とされ、日枝神社、神田明神と並ぶ「江戸の三社」として信仰を集めていたようです。そんな赤城神社の御祭神は磐筒雄命(いわつつおのみこと)、そして赤城姫命(あかぎひめのみこと)の二柱。まず磐筒雄命は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が迦具土神(かぐつちのかみ)の首を切った時に剣についた血が岩について化生したとされています。智、仁、勇の優れた力を持っているとされており、殖産興業、厄難消除、学問芸術、また防火の神様とされています。もう片方の赤城姫命は創健者の息女とも言われているようで、かつての神仏混同の頃は赤城大明神の御神影であると称して氏子中へ頒布したようです。赤城神社の狛犬はまるでエジプトのスフィンクスのようですが江戸時代に『加賀白山犬』として流行ったそうです。現在、このスフィンクスタイプの狛犬は数が少ないそうですよ。赤城神社・住所東京都新宿区赤城元町1-10
2023.11.2パン屋さんの帰り道、こちらで参拝。赤城神社、嬉しいです。出身県の神社⛩️があるのは。その昔、大胡の方がこちらに移っていらした時に分霊して頂き、それ以来ここに。学問の神様、菅原道真をも祀っていて、手を合わせてきました。やはり気持ちが厳かになります。境内にはカフェもあり寛ぎタイムも提供してくださってます。七五三の参拝、写真を撮られているご家族もありました。
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毘沙門天 善國寺
神楽坂/神社・神宮巡り
!7月の口コミ投稿キャンペーン!新宿区神楽坂では2023年7月26日〜29日まで「第49回神楽坂まつり」が開催されています。前半の2日間は毘沙門天の境内で「ほおずき市」&ヨーヨー釣りやスーパーボウルすくい他「子供縁日」が開催され、後半の2日間は神楽坂通りを練り歩く「阿波踊り大会」が開催されます。4年ぶりの開催、通りには30店舗ほど屋台が並びお祭りムード最高潮で歩くのもやっとなほど大混雑でした!
神楽坂毘沙門天善国寺由緒編集安土桃山時代の文禄4年(1595年)、池上本門寺第12代貫主である日惺上人により、馬喰町に創建される。たびたび火災に見舞われ、麹町を経て寛政5年(1793年)には現在地へ移転した。本尊の毘沙門天は江戸時代より「神楽坂の毘沙門さま」として信仰を集め、芝正伝寺・浅草正法寺とともに江戸三毘沙門と呼ばれた。現在は新宿山ノ手七福神の一つに数えられている。文化財編集毘沙門天像-新宿区指定有形文化財(彫刻)像高30cm、木造の毘沙門天像。製作時期は不明。開山の日惺上人が池上本門寺へ入山する際、関白二条昭実より贈られたとされる。なお通常は御簾が掛かっているため像を直接見ることはできない。御開帳の日は、(毘沙門天が寅年、寅の月、寅の日に初めてこの世に姿を現したとされる古事に因み)毎年1月・5月・9月の寅の日とされている。石虎-新宿区指定有形民俗文化財本堂の左右には神社の狛犬のように阿吽一対の狛虎像が置かれている。案内板には「石虎」と表記され、制作は江戸時代後期のもので、保存状態は向かって右側の阿形が比較的良く残っている。向かって左の吽形には全身にヒビ割れや多少の欠けと縞模様に若干の磨耗がありこれは東京大空襲による損傷とその後の修復の痕とされる。虎の作風は頭部が扁平し前肢が長大でどちらかといえば類人猿にも近い印象の肉付きの良い作風の像である。台座部にも虎のレリーフ彫刻が施されている。
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伝通院
飯田橋/その他神社・神宮・寺院
傳通院は応永22年(1415年)、浄土宗第七祖了誉が開山したお寺です。当時は小石川極楽水の小さな草庵で、無量山寿経寺という名で開創されました。それから200年後の慶長7年(1602年)、徳川家康公の生母於大の方が伏見城で逝去。その法名を「傳通院殿蓉誉光岳智香大禅定尼」と号し、この寿経寺を菩提寺としたことから「傳通院」と呼ばれるようになりました。正保4年(1647年)には家光の次男亀松君が葬られ以来徳川幕府の外護を賜り諸堂伽藍を整えて参りました。教学教化面では、慶長18年(1613年)増上寺の学問僧300人を傳通院に移して、関東の十八檀林の上席とし年を重ねるにつれ、学寮に席をおくもの千人を下らぬという状況になったそうです。
【傳通院と新選組】徳川家康公の生母:於大の方(おだいのかた)を開基とする傳通院(伝通院)に墓参に行って参りました。場所は文京区の小石川にあり、水戸黄門(家康公の孫)様で有名な光圀公の庭園も近くにあります。傳通院は(でんづういん)と呼ばれ、於大様の法名から名づけられました。そして忘れてはならない逸話な話が、幕末の治安維持の為に250名の浪士達(後の新選組)が集められた場所でもあり、ここから3グループに別れて京都に出発したそうです。
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源覚寺(こんにゃくえんま)
本郷/神社・神宮巡り
後楽園小石川朝顔市ホウズキ市に来ました。夏の風物詩「文京朝顔・ほおずき市」は、趣きのある小石川のまちなみの中で開催されます。「朝顔市」は徳川家ゆかりの傳通院、「ほおずき市」は「こんにゃくえんま」で知られる源覚寺がメイン会場です。丸の内線の後楽園からてくてくと歩いて朝顔市は会場に伝通院がメインで途中のお寺でも見る事が出来ます朝顔はやはり朝咲くからこの時間は小学生が育てた朝顔だけ見れました😊坂道が多く歩くだけで息が切れますね暑さも倍増😆😅ホウズキ市は源覚寺で行われてました😊1〜2枚目は伝通院という寺で千姫のお墓が有名です歴史疎いのでどんな人か良くわかりませんでした後ほど調べてアップします😁源覚寺はこんにゃくえんまが有名ですね宝暦年間(1751年–1764年)に一人の老婆が眼病を患いこの閻魔大王像に日々祈願していたところ、満願の夜、老婆の夢に閻魔大王が現れ、「我、日月にも等しい両眼のうち一つをえぐり取って汝に授くべし(=我が片眼を汝に与えよう)」と告げたという。その後、老婆の眼はたちまちに治り、以来この老婆は感謝のしるしとして自身の好物である「こんにゃく」を断って、ずっと閻魔大王に供え続けたという。以来この閻魔王像は「こんにゃくえんま」「身代わり閻魔」の名で人々から信仰を集めている
東京都文京区小石川にある源覚寺、通称こんにゃくえんま様。えんま堂に祀られている閻魔王木造坐像は鎌倉時代の作だそうです。こちらの御朱印はとても独特な文字で書かれており、魅力的なので興味のある方は是非立ち寄ってみて下さい。
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