2022年7月10日(日)野反湖に行った時、少し帰宅ルートを外して暮坂峠に行って来ました🤗暮坂峠頂上には「若山牧水」の詩碑が有ります。🔴その名も寂し、暮坂峠枯野の旅歌人若山牧水が詠んだ数少ない詩のひとつ、若山牧水は、明治32年、宮崎県生まれ。暮坂峠へは、大正11年10月20日に、花敷温泉から四万温泉へ向う途中におとずれ、歌を詠んでいます。文中では、雪景色の中を沢渡温泉に向かって、弟子の門林兵治(文中ではK-君)と2人徒歩で越えたところです。牧水は、「...やがてひろびろとした枯芒の原、立枯の楢の打続いた暮坂峠の大きな沢に出た。」と印象を書いています。草津温泉から暮坂峠を越え沢渡温泉に至る道端には、その文中に挿入された歌の碑がたくさん立てられ、自然環境もよく残されていて、当時の旅を追想させる所です。別に、この時の印象を詠った「枯野の旅」という詩が残されていて、これを刻んだ立派な詩碑と牧水の旅姿の像が、1957年(昭和32)峠に立ちました。この詩が刻まれた碑が建つ暮坂峠は、古くから草津へ抜ける交通の重要な役割を果たしてきました。現在では日本ロマンチック街道となり、詩碑と、マントを羽織った旅姿の牧水像が美しい景観を見守り続けています牧水歌碑昭和32年(1957年)、町田浩蔵氏が中心となり、若山牧水を敬愛する人々が「枯野の旅」を刻んだ詩碑を建てました。西常雄氏(新制作派協会)制作のマントを羽織った旅姿の牧水像はコンクリート製でしたが、30年後の昭和62年(1987年)にはブロンズ像として制作されました。現在の牧水像は、平成29年(2017年)に齋木三男氏(中之条町の石彫作家)により制作された石像です。尚、昭和32年に作られた像は、中之条町歴史と民俗の博物館ミュゼに展示されています。牧水詩碑は暮坂峠のシンボルとして愛されています。.SAS