鬼子母神堂
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都電荒川線鬼子母神前、東京メトロ副都心線の雑司ヶ谷駅から歩いてすぐ。今の時期、太陽と若葉がキラキラかがやく参道を抜けると出てくる鬼子母神堂。参道には古民家喫茶店などもあったり、散歩も少し楽しい。入口脇には公園、境内には昔からある駄菓子屋さんとその向かいにはお団子屋さんがある。赤い鳥居が沢山並び、この界隈だけで七福神巡りができるとか。今は海外のお客様も多く、自撮り棒やGoPro撮影をされている方も多数。御宮参りをされている御家族もいたり、ここだけ都会の喧騒を忘れた空間になっていました。
「鬼子母神」その昔、鬼子母神はインドで訶梨帝母(カリテイモ)とよばれ、王舎城(オウシャジョウ)の夜叉神の娘で、嫁して多くの子供を産みました。しかしその性質は暴虐この上なく、近隣の幼児をとって食べるので、人々から恐れ憎まれました。お釈迦様は、その過ちから訶梨帝母を救うことを考えられ、その末の子を隠してしまいました。その時の訶梨帝母の嘆き悲しむ様は限りなく、お釈迦様は、「千人のうちの一子を失うもかくの如し。いわんや人の一子を食らうとき、その父母の嘆きやいかん」と戒めました。そこで訶梨帝母ははじめて今までの過ちを悟り、お釈迦様に帰依し、その後安産・子育の神となることを誓い、人々に尊崇されるようになったとされています。鬼子母神像は、鬼形ではなく、羽衣・櫻洛をつけ、吉祥果を持ち幼児を抱いた菩薩形の美しいお姿をしているので、とくに角(つの)のつかない鬼の字を用いと尊称しております。
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護国寺
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!4月の口コミ投稿キャンペーン!有楽町線護国寺駅すぐ側にある真言宗豊山派大本山のお寺。1681年、五代将軍徳川綱吉の生母である桂昌院の願いにより創建しました。敷地内には本堂や月光殿など数多くの重要文化財があり元禄文化の様相を伝える立派な建造物を間近で見ることができます。桜の種類は多くありませんが境内に咲く桜は趣があり日本らしさを感じることができます。
護国寺天和元年(1681年)2月7日、徳川綱吉は母、桂昌院の願いをうけ、高崎の大聖護国寺住持であった亮賢に高田薬園の地を与え、桂昌院の祈願寺護国寺の建立を命じた。本尊は桂昌院念持仏の琥珀如意輪観音(絶対秘仏)。本堂(観音堂)本尊は堀田正虎の母・栄隆院尼寄附の如意輪観世音菩薩。江戸三十三観音札所の第13番札所である。江戸時代には浅草寺、回向院に次いで出開帳の宿寺として人気があった。Wikipediaよりここの前良く車で通ってて気になってたんですよね名前も有名なお寺ですからね前の仕事が江戸川橋近くだったからねーやっと呼ばれました😍😁思った通り素晴らしいお寺でしたなんか後で知ったんだけど大隈重信のお墓かあるとの事でした😅ロイヤルホストで食べた海鮮ドリアにうちのはカレーをとても美味しかった〜ロイホ久々でした😁😉
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