R4.3月河口湖に行く途中に河口浅間神社へ朝早く人は少ない巨大な杉に囲まれていて雰囲気がとても良く空気が違います😦この神社⛩️は第五十六代・清和天皇の御代、貞観じょうがん六(西暦八六四)年五月ごろ、富士山が大噴火。富士北麓にあった「剗せノ海」という大きな湖は、大量に流れ出た溶岩によって三分割され、現在の本栖もとす湖、精進しょうじ湖、西さい湖となりました。このような史上まれに見る大噴火のため、地元住民が甚大な被害を受けたことは、甲斐の国司によって、ただちに京の朝廷に報告されたのです。翌、貞観七(西暦八六五)年、富士山の神・浅間明神を公式にこの地にお祀りしなさいとの勅命ちょくめいが下され、伴直とものあたい真貞公が祝はふり(神職)に、伴秋吉公が禰宜ねぎに任じられて、富士山の噴火を鎮めるための祭祀が執り行われました。これが当神社の御創祀とされ、のちに「延喜の制」によって、「名神大社」に列せられたのです。時を下ること一千百四十余年。平成二十五(西暦二〇一三)年六月二十五日に、「富士山世界文化遺産」の構成資産の一つとなりました。(国指定史跡)(パンフレット引用)👏お詣り済ませて🚶歩いて、天空の鳥居⛩️へ。