特務艦「志自岐」遭難記念碑

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記念碑は、大正8年8月におきた遭難事故の悲惨さを伝え、沈没した志自岐乗組員の御霊を弔うため、平山の人々により大正10年9月1日に建立。大正8年8月4日、重油を満載してボルネオ島のタラカンを出港した志自岐は佐世保に向い航行中、台風に巻き込まれました。8月15日、ようやくさしかかった種子島沖で座礁、沈没してしまいました。遭難の知らせをうけ平山の人々は、総出で懸命の捜索を続けるも、乗組員120人中生存者は7人、そして15人の遺体を収容できただけでした。こうした平山の人々の救助並びに遺体の収容等の労に対して、帝国軍人会から褒賞が贈られました。【特務艦『志自岐』https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%97%E8%87%AA%E5%B2%90_(%E7%B5%A6%E6%B2%B9%E8%89%A6)】

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「特務艦「志自岐」遭難記念碑」の基本情報

名称

特務艦「志自岐」遭難記念碑

カテゴリー

観光施設・名所巡り・文化史跡・遺跡

住所

鹿児島県熊毛郡南種子町平山

アクセス

(1)南種子町役場からから15分

駐車場

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