貞心尼

テイシンニ

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長岡・柏崎/その他名所

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良寛の晩年の弟子で、幕末女流三大歌人に数えられる貞心尼は、柏崎の海を愛し、心満ち足りた一生を過ごしました。

口コミ

基本情報

貞心尼

テイシンニ

新潟県柏崎市

0257-21-2334

特徴・関連情報

備考

案内地域 :托鉢貞心尼像 、貞心尼は、柏崎で剃髪し、30歳に良寛の弟子となり師弟の美しい尊い愛の絆に結ばれて、師の晩年に偉大な華を添えました。遺徳を後世に末永く伝えるべく、生誕200年を記念して、貞心尼托鉢行脚の立像をゆかり深い柏崎の地に建立しました。 ●場所 新潟県柏崎市学校町2-47(ソフィアセンター裏庭)  ●交通アクセス JR信越本線「柏崎駅」より徒歩で15分、北陸自動車道「柏崎IC」より車で約10分 案内地域 :貞心尼の歌碑 、貞心尼は、加賀の千代女、京都の連月尼と共に幕末女流三大歌人に数えられるほどの歌詠みみでした。柏崎駅から海岸線を結ぶ通称「潮風ロード」の商店街のアーケード下には12基の歌碑が建立されています。 「蓮の露」「焼野の一草」「もしほ草」より柏崎良寛貞心尼会が選定した最も貞心尼らしい歌が刻まれています。日本海のさわやかな潮風を感じながら、歌碑をめぐってまち歩きはいかかでしょうか。 ●場所 新潟県柏崎市駅前通り  ●交通アクセス JR信越本線「柏崎駅」より徒歩で1~10分、北陸自動車道「柏崎IC」より車で約10分  ●駐車場 普通車:周辺にあり 案内地域 :釈迦堂跡 、釈迦堂は、天保3年(1832)に建設された浄土寺の末庵ですが、良寛と親交の深かった貞心尼が住んでいたことで知られています。 貞心尼は、天保9年(1838)眠龍尼が示寂された後、長岡の閻魔堂からこの庵に移り、専ら心龍尼(眠龍尼の姉)を師事しました。天保11年(1840)には心龍尼が示寂されたことを受けて住庵し、翌年(1841)洞雲寺二十五世泰禅和尚から得度を受け、正式に釈迦堂の庵主となりました。しかし、嘉永4年(1851)10年間住んだ釈迦堂が類焼したことにより、同年「不求庵」に移り住んだと云われています。その後、再建された釈迦堂は、貞心尼に入門(安政6年(1859))した智譲尼が庵主となりました。昭和14年に浄土寺を離れた釈迦堂は、禅宗の庵寺となりましたが、昭和54年11月には道路拡張のため壊され、現在はその跡を残すのみとなっています。  ●場所 新潟県柏崎市東本町1-16  ●交通アクセス JR信越本線「柏崎駅」より徒歩で10分、北陸自動車道「柏崎IC」より車で約15分  ●駐車場 なし 案内地域 :貞心尼の墓(洞雲寺) 、貞心尼の墓は、洞雲寺にあります。貞心尼は寛政10年(1798)に長岡藩士の娘として生まれ、23歳の時柏崎で仏門に入り、明治5年75歳でその生涯を閉じました。文政9年(1826)29歳の時に良寛を知り、和歌を通じて細やかな師弟の交際を続けた貞心尼は、良寛没後も山田静里や極楽寺の静誉上人などと親交があり、多くの歌を残しました。遺稿に「蓮の露」「焼野の一草」「もしほぐさ」などがあります。この墓は、弟子の尼僧によって建立されたもので、碑面には辞世の句が刻まれています。  くるににて かえるに似たりおきつなみ 居は風の吹くにまかせて  ●場所 新潟県柏崎市常盤台5-1  ●交通アクセス JR信越本線「柏崎駅」より徒歩で20分、北陸自動車道「柏崎IC」より車で約15分  ●駐車場 普通車:有り、大型車:無し

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