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はしだて茶屋
天橋立/その他
はしだて茶屋近くの神社に行く目標があるんだけどせっかくだし天橋立をふらっと。軽く一杯こちらで飲みますか?昔は火鉢があってそこで牡蠣とか蛤とか焼けたけど…今は中で焼いて持ってきてくれる見たい。名物あさりそばも食べたいけど。。夜は蟹を死ぬほど食べるつもりだから控えておきたい。ということでビールと蛤を注文。くぅ。うまっ!甘めのお醤油にあさりも小ぶりだけど旨みがある感じ!!さぁそろそろ行きますか。ご馳走様でした☆。
【京都北部】2020.9観光船とレンタル自転車のセットチケットを購入し、天橋立桟橋から一の宮桟橋までは船で、一の宮桟橋からはレンタル自転車で折り返すことに。あれ、アシスト無しの自転車ってこんなに重かったっけ?💦途中、神社や記念碑、歌碑など見所は色々あったのに、全く気にせず先頭を走って行くヒトの後を置いていかれないように重い自転車を懸命に漕いでひたすら走るのみ🚴♀️💨結局ゆっくりしたのは茶屋でのお食事タイムだけ😓
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立岩(京都府京丹後市)
京丹後/特殊地形
とても波が荒くてそれがとてもキレイで自然美に心奪われる
後の聖徳太子の母・穴穂部間人皇后が、蘇我、物部氏間の戦乱からこの地に身を隠し、戦乱が収まった後、都へ帰る時に村人へ感謝の念を込め自らの名「間人」を村名に贈りました。村人は皇后の名をそのまま地名にするのはおそれ多いとして、皇后の御退座にちなみ、「間人」と書いて「たいざ」と読むようになったと伝えられています。立岩の畔には「間人皇后・聖徳太子母子像」が、間人の海を見守るように優しくたたずんでいます。間人後釜ヶ浜の交差点に『立岩』駐車場🅿️の看板があります。細い道を奥へ進みます。6世紀末、聖徳太子の母で、用明天皇の后の穴穂部間人皇后が、蘇我、物部氏間の戦乱からこの地に逃れ住み、乱がおさまった後、都へ帰る時に里人へ感謝の念を込め自らの名「間人」を村名に贈ったそうです。里人は皇后の名をそのまま地名にするのはおそれ多いとして、皇后の御退座にちなみ、「間人」と書いて「たいざ」と読み伝えたといわれている。彼女の滞在を記念したこの像は、受けた恩を忘れぬように、そして里人がいつまでも優しい心をなくさないようにと願い、間人の海を見守るように優しくたたずんでいます。外出自粛中にて数年前画像
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